『そして父になる』

TOHOシネマズ西新井、Store横に置かれたポスター。

監督、脚本&編集:是枝裕和 / 製作:亀山千広、畠中達郎、依田巽 / エグゼクティブプロデューサー:小川泰、原田知明、小竹里美 / プロデューサー:松崎薫、田口聖 / 撮影監督:瀧本幹也 / 照明:藤井稔恭 / 録音:弦巻裕 / 美術:三ツ松けいこ / 衣装:黒澤和子 / キャスティング:田端利江 / 出演:福山雅治尾野真千子真木よう子リリー・フランキー、二宮慶多、黄升荽、中村ゆり高橋和也田中哲司井浦新風吹ジュン國村隼樹木希林夏八木勲 / 製作:フジテレビジョンアミューズ、ギャガ / 制作プロダクション:FILM / 配給:GAGA

2013年日本作品 / 上映時間:2時間

2013年9月28日日本公開

公式サイト : http://soshitechichininaru.gaga.ne.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2013/09/27)



[粗筋]

 野々宮良多(福山雅治)とみどり(尾野真千子)のあいだには、慶多という息子がいる。大企業で都市開発事業に携わる良多は、我が子が将来的に苦労のないよう、小学校から私立に入れるつもりで教育を施していた。少し優しすぎるのが良多には心配の種だが、慶多は父の期待に応えよう、と“お受験”に臨んでいる。

 ちょうど大事な面接が終わったその日、みどりが慶多を出産した前橋総合病院から突然連絡が入った。直接逢って話がしたい、という申し出を訝りながら、赴いたふたりが告げられたのは、予想もしていなかった事実だった。

 みどりの郷里・前橋に暮らす斎木雄大(リリー・フランキー)とゆかり(真木よう子)夫妻の長男・琉晴(黄升荽)の身体検査が行われた際、両親と血液型が一致しないことが判明、DNA鑑定の結果、夫婦と琉晴は血が繋がっていないことが立証されてしまった、という。琉晴が産まれたのは前橋総合病院、誕生日は野々宮慶多と同じ7月28日――取り違えが起きた可能性が大きい、というのである。

 良多は学生時代からの友人である弁護士・鈴本悟(田中哲司)に代理人を任せ、病院との裁判に臨む一方、斎木家と交流を重ねた。理性的な良多は、慶多と琉晴を交換すればいい、と考えていたが、妻や相手方の家族はそう簡単に割り切ることが出来ない。やがて、上司・上村(國村隼)の一言から、良多は慶多も琉晴も自分のもとに引き取ることを考えるのだが……



[感想]

 もともとは監督が、福山雅治と一緒に仕事をする、という前提から案出した企画だった、という。福山雅治といえば近年は『ガリレオ』のイメージが強いが、俳優としては端整な容貌ゆえに、家庭人という印象が乏しかった。そんな彼に“父親”というものを演じさせてみたい、という発想から、本篇のプロットに辿り着いたらしい。

 題材として扱われているのは、作中でも触れられているが、一時期はしばしば発生していた“新生児取り違え”である。同時期に産まれた赤子が、何らかの理由で入れ替わってしまう、という出来事だが、確かにこれほど解りやすく“父性”、ひいては“家族の関係性”を問われる出来事もない。

 そもそもの出発点が福山雅治の主演作、という前提にあったせいもあり、基本的には彼が演じる野々宮良多の視点からの思考が中心となっているが、しかし本篇にはきちんと、現代の日本における家族像の、かなり普遍的といえるモデルが組み込まれ、そのなかで「もし家族のひとりが、自分と血の繋がりがない、と知ったら?」という命題に対する悩みや考え方が、かなり丁寧に網羅されている。妻・みどりにしてみれば、なぜ自らのお腹を痛めた子が他人になっていたことに気づかなかったのか、という罪悪感と、夫からそのことを責められているかのような感覚に囚われるのは当然だろう。

 一方、取り違えられた相手方である斎木家は、家族構成も生活水準も野々宮家とは対照的だ。エリートである良多とは異なり雄大は見るからに自転車操業の小さな電気屋の経営者で、慶多しか息子のいない野々宮家に対し、斎木家には問題の琉晴の下にふたりの子供がいる。子供をどう扱うか、という問題と同時に、入ってくる慰謝料を心配し、病院側の弱みにつけこんで、面会する際の食費や野々宮家を訪ねる際の旅費を病院に請求する俗っぽい一面も見せている。

 当初は明らかに生活水準が劣っていることもあり、良多はそこに目をつけて、ふたりとも自分のもとに引き取ることを画策するが、その前段階として交流を重ねていくうちに、斎木家が家庭として理想的なかたちを作っていることも薄々感じるようになる。そのことが、雄大が言うように「負けを知らない」男だった良多を少しずつ揺さぶっていく。自らのプライドもあって、良多自身は結論を出したあとも子育ての方針を崩そうとしないが、妻はゆかりと交流し、子供たちと理想的な関係を築く斎木家に対する憧れを覗かせる。金にがめついところを見せる一方で、金を払ってふたりとも引き取る、と提案した良多に対し、激しい怒りを見せた彼らの姿に、良多になにか欠けているものがあることを仄めかし、良多自身も次第にそれを自覚していくのだ。

 こうした、親と子の関係にまつわる肝要な部分をちりばめ、観客の共感と反感を巧みに刺激しながら、物語は展開していく。実のところ、その葛藤や最終的な筋書きは、多少フィクションに接し慣れているひとであれば推測するのは難しくない。だが、それを決して煽りたてず、穏やかに着実に描いているので、登場人物たちの感情、深い想いが静かに沁みてくる。

 この作品、細部の台詞や描写が非常に力強い。プログラムを参照すると、監督がいちどは削った台詞でも、俳優の意見を汲んで戻したり、ということもしているようで、撮影時点では計算ずくではないようなのだが、それを1本の作品のなかで、より深みを持たせるような工夫が丁寧に行われている。華々しくはないが印象深いクライマックスもさることながら、個人的に強烈だったのはその少し前、良多が最後の行動に出るきっかけとなった出来事である。これもある程度フィクションを理解しているひとなら、直前で何が起こるか予測は出来るが、しかし本篇は更に強化しているのだ。作中、ほとんど表情を乱すことのない良多が、最も感情を顕わにするひとコマだが、それも頷ける。恐らく、観るひとによって異なるだろうが、誰でもどこかしらに響く台詞、シーンがあるはずだ、と言い切りたいほどに、本篇の表現は繊細で力強い。

 最終的には、何よりも自然だ、と思える結末に辿り着くものの、その結果として彼らがどういう選択をしたのか、実は本篇のなかではっきりとは提示されない。故に、ひとによっては違った解釈をする可能性もあるが、たとえどう判断するにせよ、本篇の結末に清々しい余韻を味わうはずだ。傑出したカリスマ性を誇る福山雅治に、最近演技面での活躍が著しいリリー・フランキー、ふたつの家庭の“母”として尾野真千子真木よう子という存在感のある女優を起用し、それぞれのポテンシャルを活かしながらも、いい意味で華々しすぎない、地に足の着いた作りが快い、名品である。



関連作品:

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